人生哲学

大学院に行ってよかった唯一のこと。ー 学生生活も残り三ヶ月となった今、振り返る。

弊ブログを運営している私は現在、大学院に通っております。

そして、卒業まであと三ヶ月と差し迫った今、大学院、学生生活に対してこみ上げることがあります。

※以下では大学院での自分の生活や経験を振り返りながら、進学してよかったなと心から思えることを共有していきたいと考えておりますので、大学院に興味のない方は読まないほうが良いとおもいます。

 

 

 

 

思えば大学四年生のときに研究室配属されてからが、始まりでした。

それまでは「単位をとる」という当たり前の目標を掲げながらアルバイトに飲み会、授業遅刻欠席はデフォという自堕落な日々を過ごしていました。

卒業さえすればこっちのもんだと。

 

しかし、教授や助教授と出会い、研究テーマと出会い、生活は一変します。

実験に取り組み、成果を出し、発表をする。一連の研究活動をうまく形にして卒業するためにはこれまでの生活習慣を変える必要がありました。

早起きをして、毎日学校に向かうように。

 

はじめての実験

これは今でもフラッシュバックしてくるような強烈な体験だったことを覚えています。

当時は器具や装置の扱い方、研究内容など初めてのことばかりだったのでなにもわからない状況でした。

そんなわからない状況の中、やさしく手を差し伸べてくれるのかと思いきや、一緒に実験をしていた助教授から指摘されます。

「君、こんなこともわからないのか。」

「本当に大学三年間勉強してきた?」

「あー違う違う、なんで一度自分の頭で考えないんだ。理解に苦しむ。」

 

これはかなりつらかった。

なかなかうまくいかない実験+自分のポンコツさが相まってかなり時間を過ごしました。

 

幸い、同期と一緒でしたので気持ちがシェアできたのが心の支えでした。

このあと夜の11時に帰宅したときは絶対にやめよう、大学院では別の研究室に行こうとお互い心に誓いました。

 

心境の変化

初めての研究活動がそんな始まりでしたので、将来に対する絶望、実験に対するストレス、助教授に対するヘイト、などマイナスな感情で溢れていました。

一日一日がとても長い。

まだ一か月しか経ってないないのにこの濃密さはなんだと。

大学の前半三年間よりはっきり言って濃い。

 

 

そしてそんな日々を過ごしていた自分にも変化が訪れました。

 

成長です。

 

常に機嫌の悪い助教に教わることは避けたい、早く認められ、自分で実験できる状況にして、楽になりたい。

この一心から歯を食いしばって耐え抜いてきた三ヶ月ですが、自分のできることが増えていたことに気が付いたのです。

 

第一に先生が私を放置する時間が多くなったという点です。

これはおそらく、先生の許容範囲(もうこいつに任せても大丈夫だろうという領域)が増えたのだとおもいます。

 

もう一つは、自分自身が何をやっているのか、何の目的でこの手順を踏んだのか、自分の頭で考えて手を動かせるようになったことが実感できました。

ひたすら、聞いたことをその日のうちに復習して、次の日には同じ間違いを繰り返さないようにする

これを繰り返したことで身に付きました。

 

そしてできないことができるようになったという喜びから、同じ大学院に出願しもう少し続けてみることにしました。

大学院入試は難なく通過し、残り二年の学生生活をこのメンバーこの研究テーマで過ごすことが確定しました。

 

初めての登壇

大学から続けていた私のテーマにもついにそれなりの成果が出てきて、学会で発表をすることになりました。

研究活動では「仮説→実験→考察→成果発表」この一連の流れをぐるぐる回すことで自分の研究テーマがブラッシュアップされてより良いものになります。

私の研究に足りていないものは、他研究室、他大学の方からの客観的な考察、指摘でした。

それらを得るためには、学会というオフィシャルな場で成果を報告し、意見を貰う必要があります。

 

さっそく学会発表に向けての準備に取り組みます。

私はプレゼンテーションに自信がありませんでした。

人前で話すことに過度に緊張してしまう、人からどう思われるのかを気にしすぎるがあまり意見を主張できないような、内向的な人間です。

 

そんな自分にとってプレゼンテーションは戦場でしかなかった。

迎えた研究室内で行う発表練習。

自分の考えをまとまらないまま話していたのは見抜かれ、その都度指摘されました。

しかし、私はへこたれませんでした。

 

実は私はそのころから心掛けていたことがありました。

それは、教授の言っていることをボイスレコーダーにメモして、文章として書き起こすことです。

これをするのとしないのとでは理解に大きな差が開くことがわかり始めていました。

学会の練習でも指摘されたことを文章に書き起こし、教授の言っている内容を理解するように努めました。

 

 

そして迎えた研究室内での最後の発表練習。

自分の発表を終え、一瞬場に静けさが流れた次の瞬間、

教授の口から、「最初から比べるとかなりよい、これならあなたの考え、研究テーマの良いところが伝わる」というお言葉をいただきました。

当時、自分の中から何かこみ上げてくるものがあったのを覚えています。

 

そしてその後の本番でも練習通りうまくしゃべることができ、発表は成功と呼ぶに相応しいものとなりました。

 

自分が大学院の経験から学んだ唯一のこと

 

それは泥臭さでした。

 

今まで何気なく行ってきた

・メモを取る

・自分の考えを文章にまとめる

・手順を間違えないように復習する。

・使えそうな言い回しをほかの論文から引っ張ってくる

・ボイスレコーダーで教授言っていることを文章に書き起こしてみる。

 

これらは重要でした。

ある種わからないことが恥ずかしいという余計なプライドを捨てることに通じているのかもしれませんね。

このように歯を食いしばって何とかしようという姿勢、泥臭さは大学院に入らなければ習慣化しなかったことですし、自分にとってはかけがえのない経験になりました。

 

そしてその体験を引き起こした要因は環境でした。

・この苦しい状況から抜け出したい。

・早く楽になりたい。

・自分が作り上げるものをよいものにしたい

と思わせてくれた、環境を作っていただいた先生方には感謝しています。

 

まあでもそんな貴重な経験をした今でも実験に対するストレス、助教授に対するヘイト、など様々抱えておりますけれども。

 

 

しかし、大学院にいって良かったのだと心から思うことこそが自分にとって自信となり、今後の人生を歩み進めることができる糧となるのだと考えています。

 

Where there is a will, there is a way.

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